幕張へ向かう荷物には、チケットやモバイルバッテリーより先に入れておきたい声がある。
魔界ノりりむの「にじフェス行く前にさすがに話したい!!」という言い方は、予定を確認する声というより、出発前の部屋に置かれた最後の会話に近い。
バッグの底で缶バッジが当たる音、スマホの充電残量、会場で何時にどこへ行くかを考えるそわそわに、配信の温度が混ざってくる。
にじさんじフェス2026は、2026年5月16日と17日に幕張メッセで開かれる大きな場所だ。
ステージ、展示、アトラクション、グッズ、入場導線。
名前だけを並べると巨大なイベントの輪郭になるけれど、そこへ向かう人の身体はもっと細かいところで動いている。
朝の靴ひも、改札前の通知、待機列で持ち替えるスマホ、会場の床を踏んだときの足裏。
その細かい準備の時間に、りりむの雑談はよく似合う。
大きな告知を背負っているからではなく、会場へ行く前に誰かと一度しゃべっておきたい、という身体の動きがそのままタイトルになっているからだ。
にじフェスの入口を、幕張のゲートより少し手前、いつもの配信画面の前に作ってしまう。
出発前の声が、フェスの入口になる
フェスの前に見る配信には、独特の湿度がある。
普段なら作業しながら流せる声でも、会場へ向かう予定があると、同じ言葉が持ち物リストの横に置かれる。
りりむの雑談タイトルにある「さすがに」は、その横顔をよく表している。
言わずに済ませるには近すぎるし、きれいに整えてから出すには生っぽすぎる。
にじフェスのような場所は、配信で見ているライバーを一気に大きな会場へ連れてくる。
けれど、りりむの場合、その大きさに乗る前の小さな声が先に耳へ残る。
会場名や日程よりも、行く前に話したいという短い圧のほうが、こちらの準備に入り込んでくる。
たぶん、りりむを見る時間は、画面の中で完結するより前に、こちらの部屋の散らかりや寝不足や服選びに触ってくる。
魔界ノりりむ:
にじさんじ所属ライバー。
公式プロフィールでは「魔界から遊びにやって来たサキュバスの子供」と紹介されている。
誕生日は1月15日。
ファンネームは「陰キャバス」。
「魔界から遊びにやって来たサキュバスの子供」というプロフィールは、かなり濃い設定の言葉でできている。
それなのに、りりむの声に触れていると、設定の強さよりも、今ここで話している人の間合いが前に出てくる。
魔界、サキュバス、王の娘という遠い単語が並んでいるのに、実際の距離はやけに近い。
その近さは、フェス前のそわそわした時間に合う。
「さすがに話したい!!」の言い方が、準備の時間をほどく
この配信の入口でいちばん効いているのは、情報の新しさより、タイトルの口の動きだと思う。
「行く前に」と「さすがに」と「話したい」が、きれいな順番で連絡事項を運んでいる感じではなく、言葉が先に飛び出している。
フェスに向かう側も似た状態になる。
行きたい場所、見たい企画、買いたいもの、会いたい人があるのに、最後は「とにかく一回しゃべって落ち着きたい」に戻ってくる。
りりむの雑談が面白いのは、話が大きな看板を持つ前の段階を見せてくれるところだ。
完成された感想、整理された告知、切り取られた名場面の前に、声が迷ったり、笑ったり、引っかかったりする。
その引っかかりは、にじフェスのような大きなイベントと相性がいい。
会場は広いのに、聞いているこちらの気持ちは、まだ机の上の充電ケーブルを巻いているくらいの狭さにいるからだ。
にじさんじフェス2026:
開催日時は2026年5月16日(土)〜2026年5月17日(日)。
開催時間は9:00〜18:00、最終入場は17:30。
会場は幕張メッセ 国際展示場 展示ホール1〜8および国際会議場2F。
主催はにじさんじフェス2026製作委員会。
幕張メッセという場所の広さは、数字やホール名で見るより、歩くと先にわかる。
入口から目的の場所までの距離、列の曲がり方、床の硬さ、少し遠くから聞こえる別の歓声。
その中でりりむの声を思い出すと、会場の巨大さが少しだけ手元に寄る。
画面越しの雑談が、広い会場を歩くための小さな目印になる。
りりむの近さは、会う前の時間で強くなる
VTuberをフェスで見るとき、こちらは二つの距離を同時に持つ。
画面でずっと知っている距離と、会場で初めて身体が感じる距離。
普段の配信では、声がイヤホンの内側に入ってくる。
フェスでは、その声に関係するものが、パネルや展示や人の流れとして外側に広がる。
りりむは、その外側への広がりを無理に立派なものへ変えないところがある。
大きな場所へ行く前にも、いつもの雑談の手ざわりを残す。
そこに安心がある。
フェスという場は、推しを祝う気持ちを外へ出せる場所だけれど、外へ出す前の照れや落ち着かなさも一緒に持っていける場所になる。
ファンネームの「陰キャバス」という言葉も、ここで妙に効いてくる。
にじフェスは明るい会場で、たくさんの人が同じ方向へ歩く日だ。
けれど、その明るさの中に入っていく人の全員が、最初から堂々としているわけではない。
少し緊張して、列の進み方を見て、スマホの画面で予定を確認して、ようやく一歩ずつ進む。
りりむの声は、その一歩を急がせない。
元気に背中を叩くというより、隣で同じタイミングに荷物を持ち替えてくれる。
だから「行く前に話したい」というタイトルが、イベント前の挨拶として残る。
会場に着いた瞬間の高揚より少し手前、靴の中で足が落ち着かない時間に、りりむの配信は置かれている。
幕張メッセの床に、配信部屋の距離が残る
にじフェス2026の会場情報を見ると、ホール1〜8と国際会議場2Fまで含まれている。
かなり大きな面積で、歩くだけでも一日の記憶が分厚くなる場所だ。
その広さの中で、ライバーごとの印象は不思議な形で身体に残る。
声、色、衣装、名前、グッズ、展示の前で立ち止まった時間。
りりむの場合、その記憶の中心に来るのは、きらびやかな遠さよりも、少し生活に近い揺れだと思う。
魔界の子供というプロフィールはファンタジーの輪郭を持っているのに、配信で残るのは、机に肘をついて話しているような近さだったりする。
その近さが、会場の床を踏んだときにも消えない。
むしろ広い場所へ出たことで、いつもの声のサイズがよくわかる。
フェスは、推しを大きく見る日でもある。
同時に、いつもの小ささを失わずに持っていく日でもある。
りりむの「話したい」は、そこをつないでいる。
画面の前で聞いていた声が、幕張メッセの導線や待機列や足音に混ざり、こちらの中で一度だけ現実の重さを持つ。
会場へ行く前に、もう少しだけ話しておく
大きなイベントの前に、すべてをきれいに整えてから向かう人ばかりではない。
寝る時間を少し間違えたり、前日に予定を見直したり、当日の朝に急いで荷物を詰めたりする。
それでも会場へ向かう。
その不完全な準備のまま歩き出す感じが、りりむのフェス前雑談にはよく似合っている。
「にじフェス行く前にさすがに話したい!!」というタイトルは、ファンに向けた案内である前に、りりむ自身の体温がある言葉に見える。
大きな会場へ移る前、配信の部屋で一度、声を置いていく。
それを聞いた人は、当日の予定表とは別に、耳の中へ小さな順路を持つ。
どこへ行くかより先に、どんな気持ちで歩くかが決まる。
だから、りりむをにじフェス2026の入口から見るなら、ステージや展示の情報だけで追いかけるより、出発前の声を一緒に持っていくほうがいい。
幕張メッセの広い床、混み合う導線、遠くから聞こえる案内、手の中で少し熱くなるスマホ。
その全部の前に、画面の向こうから「話したい」と言った声がある。
バッグを閉じる直前、最後に入れるのは、チケットの控えとモバイルバッテリーと、りりむのその声でいい。